シンソウ坂上-GACKT(ガクト)が謝りたかった人物とは誰?元メンバー?死因や亡くなった時期は?

2019年5月16日(木)に放送される直撃!シンソウ坂上でGACKT(ガクト)さんが「ずっと謝りたかった人物」とのエピソードを話されます。

その人物とは、GACKT(ガクト)さんが所属していたバンドの元メンバーであることが明らかになりました。

元メンバーの死がGACKTさん自身のそれまでの人生を大きく変えたそうです。

この記事では

  • GACKTさんが謝りたかった人物である元メンバー誰なのか?
  • 元メンバーの死因や亡くなった時期はいつごろなのか
  • GACKTさんのバンド脱退理由
  • GACKTさんと亡くなった元メンバーの関係性

これらの内容について詳しく解説していきます。

シンソウ坂上-GACKT(ガクト)が謝りたかった人物は誰?元メンバー?

GACKT(ガクト)さんが「ずっと謝りたかった人物」とはGACKT(ガクト)さんが所属していたバンドの元メンバーであることが分かっています。

GACKT(ガクト)さんは予告で仏壇の前で手を合わせていることから、元メンバーはお亡くなりになられている方という事が分かります。

GACKTさんはソロで活動を始める前、MALICE MIZER(マリスミゼル)というバンドのメンバーでした。

シンソウ坂上-GACKT(ガクト)元メンバーって誰?死因や亡くなった時期は?

GACKT在籍時のMALICE MIZERのメンバーは

  • Gackt(ガクト)
  • Mana(マナ)
  • Közi(コウジ)
  • Yu~ki(ユウキ)
  • Kami(カミ)

この5名で活動していました。

この中のKami(カミ)さんというメンバーが1996年に亡くなっている事が分かっています。

シンソウ坂上-GACKT(ガクト)元メンバーって誰?死因や亡くなった時期は?

シンソウ坂上で話される元メンバーとはKami(カミ)さんの事で間違いないでしょう。

シンソウ坂上-GACKT(ガクト)元メンバーKami(カミ)の死因や時期は?

GACKTさんの元メンバー、MALICE MIZER(マリスミゼル)のKamiさんの死因、亡くなられた時期はいつなのでしょうか。

1996年6月、Kamiさんはくも膜下出血で亡くなられています。

亡くなったのは6月21日、その3日後に自宅で亡くなっている所が発見され世間に公表されました。

当時まだ27歳というあまりにも早い死に世間は騒然としました。

Kamiさんが亡くなったのはGACKTさんがマリスミゼルから脱退した翌年。

当時はガクトさんの電撃脱退がKamiさんの死に関係しているのでは?とささやかれました。

なぜそんな話になったのでしょうか?

それはGACKTさんのバンド脱退理由にありました。

シンソウ坂上-GACKT(ガクト)のMALICE MIZER(マリスミゼル)脱退理由

GACKTさんは1998年7月28日横浜アリーナ公演を最後に、突然メンバーの前から姿を消しています。

いわゆる正式な脱退ではなく失踪です。

メンバー間で仕事の仕方などに対する意識の違いがあったらしく、度重なる話し合いがもたれていたものの決裂。

GACKTさんはその日を最後にマリスミゼルの活動に参加することはありませんでした。

 

GACKTさんは失踪後のメディア取材でこう語っています。

メディアに出たかったけど事務所の理解不足が限界だった。
マリスがマリスである為にと我慢していたことがいっぱいあって
メンバーがいなければやっていけないって思うくらい疑問が多かった。

でもメンバー間でも意見が食い違って亀裂が入った。
立て直す為に徹底的に話をしたけど
僕の目を見ることが出来ないって向き合うことを拒絶されて
僕はもうどうしようもないじゃない。

僕はMALICE MIZERが好きだし、愛してるし、誰よりも大切に思ってる。
これは前と何も変わらない。
MALICE MIZERは誰が欠けてもMALICE MIZERではない。
ステージ上にいる彼らに対しては凄い誇りを持ってるよ。

ツアーファイナルの横浜アリーナが終わってひと段落ついて
疲れていたメンバーは休みたがっていたけど僕は動き続けたかった。
人間の生活とは言えないようなサイクルで動いてた時期もあったし
過密スケジュールで疲れるのは仕方ない。
だから休みたい人は休めばいいし、動きたい人は動けばいいと思ったけど
それを理解されなくてソロ活動がしたいと誤解された。

次の展開に向けて動けるなら何でも良かった。
海外で何かを勉強したり、感じたり考えたりするのと
ソロで音源を出すことは僕の中で同じこと。
僕らは5人で1つではなく、個々にMALICE MIZERの魂を持っているから
例え1人で動いても僕にはソロとマリスを分ける感覚はない。
それを理解されなかった。

1998年12月発売SHOXX Vol.072 引用

こう語った直後にメンバーもファンクラブ会員向けにコメントを出しています。

メンバーのKamiさんのコメントがこちらです。

自分の為だったら何をしてもいいのか、何を言ってもいいのか。
自分のことすら解ってない様な人と
今まで一緒に手を組んで頑張ってきた自分が憎い
MALICE MIZERをそしてメンバーを愛していると彼は言った。
この言葉の意味を本当に彼は知って言っているのであろうか。
因果応報というものは必ずある。
自分達の愛する音楽に、偽りや嘘をつきたくない。 

この時点で両者に完全に意見の食い違いが出てしまっているのが分かりますね。

このコメントが出た1999年1月にGACKTさんは正式にマリスミゼルを脱退しています。

結局対面で話をすることもないままGACKTさんは脱退、バンド活動もストップすることとなってしまったのです。

バンドでのゴタゴタがKamiさんに相当なストレスを与えていたのでは…?などと言われていました。

Kamiさんの死因とGACKTさんの脱退は直接的な関係はないですけどね!マリスファンとしては色々な事が重なってしまったとても悲しくて辛い時期でした…

シンソウ坂上-GACKT(ガクト)元メンバーKamiとの関係性

2019年5月16日のシンソウ坂上内でGACKTさんは「Kamiの死が人生を変えた」という話をされています。

GACKTさんとKamiさんはマリスミゼル脱退の件で喧嘩別れをしてしまっていますが、それまでは一番の親友同士だったんです。

1999年5月のGACKTさん初のソロインストアライブにもKamiさんだけはこっそり見に来ていたというファンからの目撃情報があった程。

GACKTさんはKamiさんの死を知った直後、自力で実家を探しだし、お墓参りをしたそうです。

お葬式にも呼ばれていないってことはよっぽどメンバー間の確執が根深かったのかと。

それからGACKTさんは毎年欠かさず命日と誕生日にはお墓参りをしているそうです。

こちらの動画でGACKTさんのKamiさんへの想いが語られています。

まだKamiさんの死を整理出来ていないと語っていますね。

喧嘩別れをしたままなので、おそらくKamiさんに直接伝えられなかった事が多すぎたのでしょう。

今は墓前で何かあるたびに色々な報告をしているそうです。

GACKTさんが始めて大河ドラマ出演が決まった時もKamiさんに報告をしに向かったそうですよ。

シンソウ坂上-GACKT(ガクト)謝りたかった人物は元メンバー

2019年5月16日に語られるGACKTさんの元メンバーはKamiさんの話で間違いないでしょう

Kamiさんの死や、自身のバンド脱退に関する話にも触れられるのではないかと思います。

初めて語られる話もあるので、また番組終了次第追記いたします。

■関連記事
■関連記事