松島トモ子の今現在(近況)は?親の介護でパニック障害に?声が出なくなった原因は?

かつてテレビで活躍したタレントの松島トモ子さん。

最近テレビで全く見かけなくなりましたが、現在は何をされているのでしょうか。

この記事では

  • 松島トモ子の今現在(近況)は?
  • 松島トモ子は親の介護でパニック障害に?
  • 松島トモ子声が出なくなった原因は?

    など松島トモ子さんの気になる情報についてまとめました。

    松島トモ子の今現在(近況)は?

    松島トモ子さんは現在、お母さんの介護をしながら少しの芸能活動と慈善活動をされているそうです。

    松島さんは子役時代からお母さんがマネジメントの全てを行い、二人三脚で芸能活動をしてこられました。

    ところがお母さんが95歳になったタイミングで認知症を発病してしまい、その時から松島さんは介護生活を送るように。

    お母さんにつきっきりの毎日でタレント活動どころではなくなってしまった松島さんは一時ストレスでパニック障害になってしまったそうです。

    今はお母さんも落ち着き、自身の体調も良くなったこともありテレビにもちょくちょく出演するようになられています。

    慈善活動の一環としては、自身の体験を基にした講演会を開催されています。

    「後世に語り継ぐ私の戦争体験 」「親子の絆」「96歳の母と暮らして」など様々な体験から得られたことを講演を通して語り継がれています。

    実際に講演依頼もできるようなので、詳しくは下記のサイトを見てみて下さい。

    松島トモ子さんの公演内容を見る

    松島トモ子は親の介護でパニック障害に?

    松島トモ子さんはお母さんの介護がキッカケでパニック障害を発病されています。

    お母さんの認知症は「レビー小体型認知症」という重いものだったそうで、徘徊や幻覚を伴い介護がとても大変だったそうです。

    それまで二人三脚で仕事をされ、憧れの存在でもあったお母さんがそんな状態になってしまわれたショックが大きかったこともありパニック障害を発病。

    その時の壮絶な体験を語られているインタビュー記事がありました。

    母に認知症の症状が表れたのは2016年春のこと。転んで骨折した手首に巻いたギプスをはさみで切って外してしまうため、病院で再装着してもらうことを繰り返しました。1日2回、病院に付き添ったこともあります。家中のはさみを隠したところ、母は台所に立ち、包丁でギプスを切ろうとしたため、慌てて止めました。

     本当は、ここで母の異変に気づくべきでした。母はおしゃれな人なので、ギプスをつけた姿が嫌なのだろうと解釈したのです。冷静に考えればおかしいのに、私自身が母の異変を認めたくなかったのかもしれません。

      《心底ショックを受ける出来事が、母の95歳の誕生会で起きた。東京都内の中国料理店で主賓の志奈枝さんは出席者と話もせず、料理を黙々と口に運ぶばかり。心配になって松島さんが話しかけると、志奈枝さんが失禁したのだ》

     皆さんの前でどう取り繕えばいいのでしょうか。心が凍え、母のことを思うよりも、自分の方がその場から消えてしまいたかった。

     この日を境に、いつもの母とは明らかに異なる行動が目立つようになりました。乱暴な言葉を吐いたり、物を投げつけたり。それまでの母は、こうして年を重ねられたらいいなあと憧れる存在でした。言葉遣いは上品で、人様の悪口は決して言わない。自宅でもだらしない格好はせず、朝からきちんとしている。「トモ子ちゃんの立派なお葬式をだしてから死ぬわ」という冗談が口癖で、周りが納得してしまうほどでした。

     そんな心から尊敬する母が変わっていく姿は、耐え難いものでした。私自身、ストレスのため過呼吸で病院に搬送され、パニック障害と診断されました。介護と自分の病気が重なり、心が折れ、仕事も休まざるを得なくなりました。

      《次第に、志奈枝さんには「幻視」などの症状が表れるようになり、松島さんは対応に戸惑った》

     「コートを着て軍靴を履いた人たちが相談しているわ。トモ子ちゃん、見えるでしょう」「窓ガラスに光が見える。戦車がやってくる」――。母は夜になると、自宅でそんなことを叫ぶようになりました。商社マンだった父と満州(現中国東北部)で生き別れ、終戦後、母は乳飲み子だった私を抱えて帰国しました。ソ連軍が侵入し、戦車が列をなしてきて怖かったという話を私は何度も聞いています。その記憶が幻視として現れるのでしょう。私は電話で110番するフリなどをして、母をなだめるしかありません。

     真夜中に家を飛び出すようにもなりました。足腰はまだしっかりしていたため、あっという間に遠くに行ってしまう。 徘徊はいかい という言葉をよく聞きますが、逃走という感じで、こちらが懸命に走っても追いつくのは容易ではありません。外出着のまま、母の寝室の入り口に布団を敷いて寝る日々が続きました。

    yomiDr引用

     

    パニック障害を患いながらの介護だったこともあり、「心中を考えたこともあった」というほど辛い日々を送っていたそうです。

    松島トモ子声が出なくなった原因は?

    松島トモ子さんは2018年の徹子の部屋に出演された際、一番辛かった時期に声を失ってしまった話をされています。

    声が出なくなった原因は2つあったそうです。

    1つ目は壮絶な介護生活で心身がやられていたこと、2つ目は芸能界の父と慕う永六輔さんの訃報が届いたこと。

    この2つの出来事が同時に訪れ一時的に声が出なくなってしまわれたそうです。

    徹子の部屋では声を取り戻した松島トモ子さんが永六輔さんとお母さんを思いながら「遠くへ行きたい」を熱唱されました。

    目頭が熱くなるエピソードですね…

     

    この放送は大反響を呼びました。

    壮絶すぎる体験をされ、困難を乗り越えられた体験は胸にグッとくるものがありますよね。

    松島トモ子の今現在(近況)は?まとめ

    松島トモ子さんは今現在、タレント活動をしながら自身の体験を基にした講演を開くなどの慈善活動をされています。

    大変な苦労をされている分だけ、言葉に重みがありますよね。

    私も文章を書いていて考えさせられるものがありました。

    今後の松島トモ子さんの活動にも注目していきたいと思います。